株式会社メディコン※の浦野宏平氏を招いたオンラインセミナー「疾患啓発の実務担当者がプロジェクトを推進して学んだこと」を2023年2月28日に開催しました。本記事では、当日の講演内容をまとめます。
※弊社は株式会社メディコン様が運営する鼠径部ヘルニアの疾患啓発サイト「そけいヘルニアノート」の作成・運営をご支援しております。
目次
株式会社メディコンの紹介
株式会社メディコンは、日本ベクトンディッキンソン株式会社(以下、日本BD)のグループ会社にあたります。日本BDは「明日の医療を、あらゆる人々に」を企業理念に掲げ、研究、検査、治療の領域で医療機器を販売、190カ国以上の国々で製品とサービスを提供しているワールドワイドな企業です。株式会社メディコンはその中でも治療に関する領域で医療機器を販売しています。
鼠径部ヘルニアとは?
今回は疾患啓発ウェブサイト「そけいヘルニアノート」における事例を紹介します。
まず鼠径部ヘルニアについて説明します。鼠径部とは足の付け根、股関節あたりのことを指し、ヘルニアは「体の組織が正しい位置からはみ出した状態」を意味します。つまり鼠径部ヘルニアは、本来ならばお腹の中にあるはずの腹膜や腸の一部が鼠径部の筋肉の隙間から皮膚の下に出てくる病気のことで、いわゆる「脱腸」と呼ばれるものです。
鼠径部ヘルニアについて3点、知っていただきたいことがあります。1つ目が、鼠径部ヘルニアは自然に治ることはない病気という点です。薬でも治らず、手術が唯一の治療法です。
2つ目は、多くの方が治療している一般的な疾患であることです。年間で約15万人が手術を受けており、外科領域では最も多い手術です。年齢・性別で見ると、70歳前後の男性が手術を受けることが多いです。
3つ目は、鼠径部ヘルニアは良性疾患ではあるものの、時には嵌頓(かんとん)という危険な状態になることもある点です。嵌頓状態では、膨らんでいる部分が急に硬くなってしまい、押さえても引っ込まなくなります。そうしているうちにお腹が急激に痛くなったり、吐いたりしてしまいます。お腹の中では筋肉の隙間から飛び出した腸が戻らなくなっており、血流が遮断されて腸に血液が回らなくなり壊死する可能性があります。そうなると命に関わることもある疾患です。ただ嵌頓はまれで、発生率は0.3~3%といわれています。
「そけいヘルニアノート」作成の背景
「そけいヘルニアノート」を作成した背景を簡単にお話しすると、「すべての鼠径部ヘルニアの患者さんは適切な治療・手術を受けられているのか?」という疑問からスタートしました。
詳しく説明すると、まず患者さんが鼠径部ヘルニアを発症したところから、最終的に外科を受診して、外科の先生と相談した上で手術に至るまでの流れがあります。メディコンはこの手術に使われる製品、鼠径部ヘルニアや手術手技に関する情報、トレーニングなどを提供しており、基本的に外科をメインターゲットにしている環境でした。
外科の先生とコミュニケーションをとる中で「患者さんが内科やかかりつけ医から紹介されてくる」という話はありましたが、その件を気に留めることなく、あくまで外科にフォーカスし続けました。しかし、数年前にマーケティング部内で「鼠径部ヘルニアでの内科受診について、患者さんの流れや人数などは知っておいたほうがよいのでは」となり、外部の調査会社に依頼して内科の先生にアンケートをとってみました。その結果、患者さんは意外に内科も受診していること、内科経由で外科に患者さんが紹介されていること、内科で経過観察となり外科に紹介されない方もいることがわかってきました。
上記の問題意識とは別に、鼠径部ヘルニアの患者さん全員が医療機関を受診しているわけではないとも考えました。鼠径部ヘルニアは疫学的にまだわかってないことがたくさんありますが、多くの外科の先生によると、年間約25~30万人ぐらいの方が発症しているといわれています。外科手術を受けている年間15万人を差し引いた10万~15万人すべてが病院を受診しているかというと、先ほどの内科の調査結果を踏まえても考えにくいです。患者さんが受診を控える心理として、「忙しい」「場所的になんとなく恥ずかしい」「不快感・違和感はあるが、痛くないからいいや」という思いがあるから、何もせずに自己判断をしているケースを想像しました。
今まで外科のみにフォーカスしていましたが、内科、そして未受診含めた患者さんに関しても、社会貢献やビジネス性があるのではないかという発想から、ペイシェントフロー(患者さんの発症から手術までの流れ)を描きました。
繰り返しにはなりますが、メディコンはこれまで治療から下の部分に関してフォーカスしており、上の部分に関してはあまり着手してきませんでした。ペイシェントフローを描いたことで生じた「まだまだ我々がやるべきことはある」という思いを戦略に落とし込み、「そけいヘルニアノート」の作成に至りました。
「そけいヘルニアノート」の事例
ここから「そけいヘルニアノート」に関する事例を4つ紹介いたします。
- .動画閲覧数の伸び悩みを改善
- 病院検索機能のカスタマイズ版へのアップデートを実施
- 新規コンテンツの作成に着手
- 認知度向上のためのポスター施策
特に前半2つがメディウィルさんに全面的に協力していただいたもので、皆さんにも興味を持ってもらえる内容かと思います。
1. 動画閲覧数の伸び悩みを改善
1つ目はサイト公開後にいきなり課題として出てきた事例です。「そけいヘルニアノート」のトップページには「2分で知る! 鼠径部ヘルニア」というタイトルの動画を掲載しているのですが、その閲覧数が伸び悩みました。
この動画は外科の先生に監修していただいており、シンプルでわかりやすく、患者さんの行動変容を促すコメントも入っているため、ぜひ見てもらいたいものでした。ところが実際に運用し始めてみると、2021年12月~2022年5月までの6ヶ月間で100回再生に至ったのは4月だけ、他の月は100回にも達しない状況が続きました。
一方で、視聴回数が少ない中でも、動画を閲覧した方と閲覧していない方では閲覧した方のほうが病院検索のボタンを押す人が多く、行動変容にポジティブなアクションがあったことがわかりました。動画の内容周知、そして行動変容への手ごたえからぜひとも視聴回数を増やしていきたいと思い、メディウィルさんとデータ分析を行いました。
まず分析の1つ目として、大半のユーザーは動画の掲載されてないサブページのみを閲覧してサイトから離れることがわかりました。
上図の8番目が動画を掲載しているトップページなのですが、大半のユーザーは1~7のサブページを見て離れています。つまり、ユーザーは動画に全く気づかずにサイトから離れる事象が起きていたのです。
分析の2つ目は、トップページを訪問したケースに限定して動画の再生率を算出したところ、動画の再生率は約15%と一定の割合で閲覧されていたことがわかりました。ただし先ほどの図にもあったように、サブページにランディングされる方が多いため、「動画があれば見てもらえるものの、サブページにランディングされる方が多い状況ではほとんどの人が動画の存在に気付かず、見てもらえていない」という仮説を立てました。
これらの分析結果を踏まえ、Googleの検索結果からサブページにランディングしたユーザーに動画の存在を伝えるべく、サブページの画面左下に動画のポップアップを表示する施策を実施しました。
施策の結果、ポップアップを設置した2020年6月には600弱、7月には1000弱と、5月から比べると約10倍の再生回数になりました。
この事例から得た教訓は、データを元に状況を正しく把握し、解決策を検討することが重要だということです。特にメディウィルさんに最大限サポートしていただき、「こうしたいんだ」とお伝えしたことを本当に実現できたのでさすがプロだと思いました。とにかく「やってみたいことは相談する」ことも必要かと思います。
2. 病院検索機能のカスタマイズ版へのアップデートを実施
2つ目もサイト公開後の課題・改善点についてです。「そけいヘルニアノート」には病院検索機能をつけていますが、この機能は鼠径部ヘルニアという疾患において非常に期待できると思っています。なぜなら一般の方は「鼠径部ヘルニア」と聞いても何科に行けばいいかわからず、内科なのか、外科なのか、はたまた泌尿器科などを思い浮かべる方もいるからです。疾患情報を得た方が、どの病院、どの診療科に行けばいいのかわかることは、非常に意義があると思っています。
「そけいヘルニアノート」の病院検索機能は当初、外科を標榜している病院を一律に表示していました。そのため検索結果には、手術室がないクリニックや診療所、鼠径部ヘルニアの治療や手術を実施していない医療機関が現れる状況でした。メディコンとしては受診から治療に至るまで、患者さんをできるだけスムーズに鼠径部ヘルニアの治療手術を実施している病院につなぎたいと考え、状況改善のためにカスタマイズ版へアップデートすることを決断しました。カスタマイズ版にして鼠径部ヘルニアの治療・手術を実施している施設だけが掲載されるようになれば、患者さんが適切な病院を見つけやすくなると考えました。
カスタマイズ版へのアップデートを行うためにまずメディコン社内で掲載する医療機関の基準を設定し、公平かつ段階的に、病院一覧を作成しました。段階的に作成することになった理由は、鼠径部ヘルニアは症例数および治療を実施している施設数が多いため、一度にリストアップすることがなかなか難しかったためです。我々のリストにプラスして、メディウィルさんの保有している病院一覧を付け合わせてカスタマイズ版の病院検索システムを構築し、「そけいヘルニアノート」に掲載しています。まだ段階的に取り組んでいるので、常にアップデートが必要な状況ではありますが、鼠径部ヘルニアの治療・手術を実施している病院が検索できるサービスを患者さんに提供できつつあると思っています。
実際にカスタマイズ版を作成するプロセスでは、営業部署のメンバーの協力を得ています。掲載予定の医療機関に許諾取りを実施し、許諾を得られれば掲載という流れになっています。
通常の病院検索サービスの構築は特に問題なく進むと思いますが、カスタマイズ版では結構苦労することがあり、患者さんのための病院検索サービスであるからこそ、営業メンバーとの共有を意識することが重要だという教訓を得ました。我々にとっても初めての試みだった上に、先生に案内をしてもなかなか返答が返ってこなかったり、案内する医療機関内の部署がなかなかわからずたらい回しにされたりすることがありました。ただ、この案内を進めているのは営業メンバーであって、なかなか成果・売上にもつながらない取り組みということもあり、メンバーのモチベーションが上がらなかったり、活動が鈍化したりといったことがありました。我々にしかできない活動であるという点も踏まえて、戦略についてしっかりと意識・目的の共有をしておかなければ推進はスムーズにいかないと思います。その点については今もまだアップデートしている段階です。システム的にはメディウィルさんに相談すれば導入できますが、運用して進めていく上では営業との協力体制が必須になってきますので、ここは目的を共有する必要性が非常に重要だなと感じました。
3. 新規コンテンツの作成に着手
3つ目の施策として、WebのPDCAを回す意味合いで、患者さんの受診促進とSEO対策を目的に医師対談コンテンツを作成しました。医師対談コンテンツを選んだ理由は、やはり患者さんに接しているのは医師であり、医師からのメッセージは患者さんの参考になる、刺さりやすいものになると考えたためです。加えて鼠径部ヘルニアは外科の疾患ではあるものの、患者さんは内科も受診されているため、内科の先生にも対談に登場していただきました。外科の医師と内科の医師による対談の企画は我々にとっても新たな試みでした。
「そけいヘルニアノート」では患者さんに外科を受診していただくことを重要だと考えていましたが、対談を経て「受診のハードルを下げるために、内科もしくはかかりつけ医でもよいので相談してもらうのが大切だ」ということに気づかされました。というのも、対談に登場いただいた内科の佐々木陽典先生から「診断や治療の面では外科を受診するとよいのですが、最初から外科を受診することには抵抗がある方も多い」という、我々が想定していなかった発言があったからです。確かに私自身、外科を初診で受診する発想はなかなか湧いてこないと感じましたし、加えて「外科医=手術」「手術=怖い」というイメージがありますので、もしかしたら外科受診のハードルは高いかもしれないと改めて思いました。
また佐々木先生からは「かかりつけの先生や普段別のことで通っている内科医に相談するのがよいと思います」という、受診へのハードルが下がるような発言もありました。これらのコメントを踏まえると、当初我々が計画していた外科への受診を促進するメッセージではハードルが高くなりすぎて患者さんにはあまり適してないのではないかと思いました。そこで当初考えていたメッセージを変更して「まずはかかりつけ医や内科医に相談しましょう」と発信しました。
この事例からの教訓は、軸をぶらさないことは非常に大事ではあるものの、元々の考えに固執しすぎないことも必要だということです。さらにこちらが伝えたいことだけ発信するのではなく、サイト自体は患者さんや一般の方のためのものなので、患者さんや一般の方の目線は心掛ける必要性があるとも思いました。
4. 認知度向上のためのポスター施策
最後の4つ目の事例についてご説明する前に、ある患者アンケート調査についてご紹介します。我々は外科の先生や内科の先生と話すことはあるものの、一般の方の話を聞くことはなかなかできません。ただWebによるアンケート調査を実施したところ、鼠径部ヘルニアという病気と症状が一致していない方が想像よりも多いことがわかりました。
鼠径部ヘルニアという病名と症状について「知っている」と答えた方が14%、「知らない」と答えた方が86%もいたことを、数字として改めて知ることができました。このアンケート調査と、医師対談であった「意外に鼠径部ヘルニアは知られていない」との発言を踏まえた上で、ポスターによる疾患認知度向上施策を推進しています。初めのほうに触れましたが、鼠径部ヘルニアの手術をされる方の年齢層は70歳前後がピークです。その年代の患者さんはもしかすると能動的にウェブ検索しない方が多い可能性もありますので、ここはあえてポスター施策という、アナログの手法に頼ろうと考えた次第です。
ポスターを製作する上で気を付けている部分が2点あります。1つ目は認知度をとにかく上げたいという思いがありましたので、「膨らみ」という症状と「鼠径部ヘルニア」という病名を、とにかくわかりやすく、最低限ここだけでも知ってもらえればいいという思いでデザインしています。あとは「外科」という言葉を使わないようにしています。外科という言葉があることで、もしかするとハードルが高くなってしまう可能性があるのでかなり気を付けました。
もうひとつは、ポスターは貼ってもらえないとまったく意味がないので、営業メンバーに協力を得てポスターを医療機関に案内するだけでなく、「そけいヘルニアノート」内にも申込ページを作成して、医療従事者から幅広く申し込みをいただける環境も整備しました。
一般の方の声も聞ける環境になってきていますので、ユーザーの声をしっかり聞くことで、課題が明確になり、打ち手も広がってくると思います。こういった点も重要かなと考えています。
まとめ
今回のプロジェクトでは
- データをもとに状況を正しく把握し、解決策を検討することが重要
- 営業と患者さんのための病院検索サービスであることを常に意識し、共有することが重要
- 軸をぶらさないことを大事にしつつも元々の考えに固執しない
- こちらが伝えたいことだけでなく、患者さんのためのサイトであるために常に患者さん目線を心掛ける
- ユーザーの声を聞くことで、課題が明確になる
という5つの教訓を得ました。とにかく意識していることは、「そけいヘルニアノート」のサイトは一般の方や患者さんのためのものですから、よりわかりやすく患者さんが求めているものを提供する必要があることです。患者さん目線をぶらさないことは常に心掛けていますし、上司からも繰り返し言われていますので、そこは継続してやっていきたいと思っています。
今後の公開予定の追加機能
今後公開を予定している追加機能を紹介します。
動画に関するもので、左下のポップアップから動画を再生すると、再生後にオレンジ色のボタン(「お近くの医院をすぐに探す」ボタン)の上に別のボタンが表示されます。具体的には、「ここから検索できます」と柔らかく押すことを促すイラストのボタンを追加する予定です。これにより少しでも多く病院検索ボタンを押してもらって行動変容につなげていきたいと考えており、メディウィルさんの最大限の協力のもと進めています。
「そけいヘルニアノート」を通じて、鼠径部ヘルニア患者さんの未診断率ゼロを目指しながら、サイトの運営を引き続きしっかりやっていきたいと思っています。
Q&A、アフタートーク
弊社・黒田(以下、黒田):常日頃感じていることではありますが、浦野さんは患者さん目線が徹底しているなと強く思います。それは浦野さんが普段からそのように心がけているのか、それとも会社の文化・チームの文化として徹底的に患者さん目線に立とうしているのか、どういったところから培われているのでしょうか。
浦野:会社の文化的な面もありますし、私が最も影響を受けている上司の教えが一番大きいですね。上司が患者さん目線を徹底している部分はあります。自分がやりたいこと、やりたいコンテンツ、伝えたい表現などはどうしても前に出てきてしまいがちですけれど、繰り返しになりますが、見たり読んだりするのは一般の方や患者さんなので、その目線をしっかり考えた上でぶらさないことが一番大事だと思います。
黒田:上司の教えがチームに浸透しているのは素晴らしいですね。もちろんどの企業もユーザー目線は持たれていると思いますが、ここまでそれを実行して、その目線を常に心掛けようというのはすごく強いと感じました。
Q.「そけいヘルニアノート」はどこにホスティングされているのでしょうか? 日本BDが関与していることがわからないような第三者プラットフォームですか?
黒田:ホスティングに関してはメディウィルが全て担当しています。弊社が立てたサーバーでウェブサイトの管理をしています。ただ、疾患啓発のウェブサイトも病院検索も、日本BDとメディコンがしっかりとルールに則って適切な情報発信・提供を行っていますので、完全に日本BDが関与していることがわからない状況にはなっていないと思います。浦野さんから補足点などはありますか?
浦野:そうですね。隠しているつもりは全然ないですし、もちろん前面には出てこないようになっていますが、サイトの一番下にもロゴは載っていますし、情報提供のチラシも作っていますので、特に隠しているという状況ではないです。
Q.内容に何ら違和感もなく、参考になりました。ただ、鼠径部ヘルニアは年間15万人ものオペ例があるのなら、それほど珍しい疾患ではないのかもしれません。例えば、これが年間500例ほどの超希少疾患であれば、疾患啓発にどのような工夫を加えられますか?
黒田:実際にメディウィルでは、非常に珍しいタイプの疾患も担当しています。そこに関して工夫している点はいくつかあります。
鼠径部ヘルニアの場合は、全体的に知らない人が多いものの、どこかで耳馴染みがあったり、周囲から鼠径部ヘルニアという言葉にたどりついたりすることがあります。そのため、「そけいヘルニアノート」は自然検索の流入がある程度見込めます。
一方で超希少疾患の場合はより疾患名自体が知られていない場合が大半ですので、知ってもらうためにウェブサイトまでどうやって来てもらうのかを、より強く意識するよう様々な工夫をしています。
具体例をひとつ挙げますと、リスティング広告を実施する際に、疾患名だけではなく希少疾患に伴う症状がどういうものか、例えば「足の股関節が痛い」といった疾患特有のキーワードが何なのか分析しています。また希少疾患の場合、他の類似した病気を疑われていて、正しい診断がされていない中で誤って別の治療を受けているケースがあります。そこで例えばAという疾患を本当は啓発しているものの、あえて他の疾患で検索している患者さんに対して広告を出す工夫も行っています。具体的にはAが関節リウマチに間違われやすい疾患だとしたら、「関節リウマチ」というキーワードで検索している方に対して、「実は似ている疾患でこういう疾患もあります。こういうウェブサイトを見て、その疾患とは違うのか確認してください」という広告を出しています。
Q.病院検索カスタマイズ版で考えた社内基準はどのようなものですか?
浦野:具体的になかなかお伝えしにくい部分はありますが、公平性を大前提として、公になっている手術件数などを参考にしながら基準を設定しました。
Q.かかりつけ医や内科医から外科への流れを作る上で、かかりつけ医、内科のドクターに対して何か行った施策もあれば教えてください。
浦野:今のところかかりつけ医にはまだアプローチできていません。病院の勤務医である内科の先生は、ほとんどの場合、鼠径部ヘルニアについて研修医のときに習っているかと思いますので、そこまで詳しく話はしませんが、診療所やクリニックに従事する内科の先生に対しても、嵌頓という危険な状態があるという情報提供をウェビナーなどを使って始めています。
黒田:今ちょうど取り組みを開始したタイミングなのでしょうか?
浦野:そうですね。少しずつ手を打ち始めている状況です。
Q.かかりつけ医や内科医への疾患啓発の取り組みで、外科の先生から何か反発といったことはなかったのでしょうか?
浦野:反発はないですね。鼠径部ヘルニアの疾患に関する講演は外科の先生にお願いしていますし、正しい情報を提供するという意味合いでは何も反発はなく、むしろ快く引き受けていただいています。
黒田:外科の先生からしても、内科の先生にもご協力いただいて、正しくて適切な診断につながることが、一番全員がハッピーな状態ですものね。
浦野:そう思います。
Q.認知向上ポスターは医療機関以外にどこに紹介していますか? 医療機関以外で貼ってもらっている施設や、今後貼りたい場所のイメージはありますか?
浦野:医療機関以外は今のところ案内できていないですね。営業メンバーの協力を得て案内はしているものの、やはり基本的には病院になります。あとはサイトに申し込みページを作っているので、そこから申し込みがある可能性は考えられますが、今のところ医療機関以外からは申し込みはないですね。
今後貼りたいところは、なかなか難しいですが、健康診断を実施している機関を考えています。医療機関になると病気を患っている方のみが対象となりますが、健康診断をやっているところでは健康な方も来ているので、そのような方に疾患の情報が提供できればより発信力は強まるかなと思います。健康診断を実施しているところで貼ってもらえれば嬉しいと勝手に思っています。
黒田:なかなか普段意識しなくても、一時的にみなさんの健康意識が高まるタイミングで、そういうポスターもあるといいとは思いますよね。あとはターゲットが50~70代の男性と明確な点もこの疾患の特徴だと思うので、そういう方がたくさん集まるような場所、夢物語ですが例えば銭湯とかよいのではと。お風呂は鼠径部ヘルニアに気付きやすい、確認しやすい場所ですし、将来的には銭湯などにも展開してしっかり啓発できると効果的かなと、今お話していて思いました。
浦野:そうですね、柔らかい感じでできると嬉しいです。
Q.似たようなビジネスモデルを社内提案すると、「風が吹けば桶屋が儲かる感じだな」と言われました。鼠径ヘルニア治療患者数が増えるという社内提案時の根拠は、どのように工夫されましたか?
浦野:そこは本当に一番の課題でした。このプロジェクトの合意を得るという点で、費用対効果が、特に費用面ではなかなか表しにくかったです。それでもまだ潜在的な患者さんがいるから将来のビジネスに貢献できるプロジェクトであると会社に認識してもらうこと、その上で戦略としてアクションに落とし込むことが、我々にとっては一番重要でした。それができたからこそ、このプロジェクトを進めてこられたと思っています。一番はペイシェントフローを描けたこと、もちろんそこにある程度は数字も入れましたので、そこを示すようにしました。ただ、費用対効果や何人の患者さんが受診して手術に至ったかという部分はなかなか追えないところですので、そこは課題です。メディウィルさんの力も借りつつ、何とかして実現できればなと思っています。
黒田:そういった意味でいうと、ペイシェントフローで、現実問題として明らかに患者さんがいるにも関わらず適切な病院に行っていないという課題があることが、明確になっていた点が大きいのかなと思いました。
Q.課題の把握と、それに対するアプローチが的確で非常に勉強になりました。病院検索サイトから受診に至った患者数はどのように把握されていますか?
浦野:受診に至った数は把握できていないのが現状です。現在やっていることは、「そけいヘルニアノート」のページから病院検索へ移行して病院検索のボタンを押した患者さんの数を把握して、それを行動変容のひとつとして捉えています。そこから先を知りたいのは私も同じです。
黒田:まさに浦野さんがおっしゃった通り、そこは疾患啓発の一番の課題です。まずは病院検索への移行を、疾患に対して関心・興味を持ってもらったひとつの行動変容の現れとして計っています。さらにもうひとつ深いところでいうと、病院検索から各医療機関のホームページを見ていただくこともできますので、そこがどのくらい遷移しているのか見ています。それも絶対数で見ることは難しいですが、相対的に興味を持っていただいた方の数を伸ばしていくことを共通認識として持っています。最後の受診に至った患者数がどれくらいか把握することは、今後解決していく課題だと私たちも感じていますので、また協力して、今後その課題を解決したという内容で、セミナーを開ければいいなと思っています。
Q.上層部の方から疾患啓発の結果、自社製品のシェアに影響があったか尋ねられることはありますか? 弊社も疾患啓発に取り組んでおり、効果検証について課題感を持っているため、ご回答できる範囲で教えていただけましたら幸いです。
浦野:同じ悩みを抱えている方がやはりいらっしゃいますね。実際、多少聞かれることはあるのですが、上層部の方には不明瞭な点が多いことを理解してもらいながら、このプロジェクトを進めています。確かに「どう? どう?」といった感じで聞かれることもありますから、いつかは答えなければと思っています。本当に繰り返しにはなりますが、なんとかして成果や結果を示さなければならないと思いますし、最悪の場合、プロジェクトが中止になることも考えられなくはないので、常に危機感を持ちながらやっています。ただ、残念ながらご参考になる回答は持ちあわせていないのが現状です。
黒田:そこは数値で見ていくことが難しいところですよね。もちろん一番は、患者さんに受診していただいてシェアが上がっていくことが成果だと思います。一方でドクター側からすれば、患者さんに対して情報発信をしている取り組み自体は、いろいろな会社があるなか特に御社にポジティブなイメージを抱いたり、信頼を得たりすることにつながるのではないかと思うのですが、いかがですか?
浦野:営業のメンバーからのフィードバックでは、病院検索のカスタマイズ版のために病院を訪問したり、外科の先生と話をしたりした際に「こういうところにも取り組んでいるんだね」と製品だけではない部分で反応いただくことや、先生には直接関係のない、患者さんに関係あるような取り組みについても「素晴らしいね」というコメントをいただくことがあります。そういう意味では、信頼を得られているかどうかはわからないですが、取り組みの評価はしてもらっていると感じます。
黒田:ひとつの成果としては、ドクターに対する訴求にもつながっているであろう、しっかりとした情報提供を患者さんに対しても実施しているところがありますね。昨今だと製薬・医療機器メーカーさんも薬とか医療品、医療機器を作るだけではなく、患者さんを最後のケアまでトータルで見ていく流れもありますので、そういう側面に合っている施策ではないでしょうか。Q&Aからも今後の課題として効果測定がひとつあると思いましたので、そこも協力して何か実践していけるといいのかなと、個人的に学ばせてもらいました。