SMBC日興証券株式会社株式調査部シニアアナリストの徳本進之介氏を招いたオンラインセミナー「2023年ヘルステック・デジタルヘルス業界 最新動向」を2023年1月26日に開催しました。本記事では、当日の講演内容をまとめます。
目次
はじめに
世界のデジタルヘルス市場は2019年時点で約50兆円の市場となっており、2024年には約90兆円になると予測されています。日本においても2017年時点で9000億だった市場が、2024年には1.2兆円弱までに成長するとコロナ禍以前からいわれていました。現在はコロナ禍を経て、さらに拡大していく市場だと考えられます。
ただその市場は細分化されており、課題もそれぞれの現場ごとに大きく異なります。その中で独自のソリューションを展開する多くの企業群があり、もっと広い目で見たときに、現状どういうことが起きていて、今後どうなっていくのかを学ぶのが、本セミナーの目的です。
ヘルステック業界動向
ヘルステックとは、ヘルスケアの課題をテクノロジーで解決していくというトレンド、大きなうねりのことです。顧客ベースでは大きく3つに分けられます。1つ目がオンライン診療や画像診断AI、治療アプリなどのいわゆる医療DX分野に該当するMedical DX。2つ目は、製薬企業のマーケティングの効率化、治験の効率化、AI創薬などを指すPharma DX。このふたつが大きなDXのマーケットで、その他の領域(Other DX)にも広がっています。例えば 健康診断、保健事業をいかに効率的に回していくのか、また薬局や介護施設のDXなど、幅広いDXのマーケットがヘルステックには含まれています。
またバリューベースで見たときにも、同様に3つに分けることができます。1つがデジタル化。ヘルステックによって紙や手作業からオンライン、システムに切り替わっていきます。2つ目が効率化。業務の効率化と省人化が進みます。そして3つ目がデータ活用で、リアルタイムでの分析を行い、判断する精度を上げることができます。
次に時間軸で考えてみます。ヘルステックの注目企業を100社ほどピックアップし、創業年を対象に注目企業の数を累計で表示しています。いくつかの世代に大きく分かれており、2000年以前は、バリューベースで見たときのデジタル化の部分に該当します。レセコンの普及、電子カルテの稼働に象徴されるようにシステムプロバイダーの事業が中心でした。2000年から2010年の第1世代はエムスリー、メドピア、JMDC、MDVなどの、今日の上場企業の多くが誕生した時期です。医師サイトを活用した情報提供の効率化などデジタル化と同時に更なる効率化を進める動きが広がりました。
2010年から2020年にかけては、第2世代としてデジタル化、効率化に加えてデータ活用を意識したプレイヤーが増えてきた印象です。MICIN、CureApp、Ubie、AIメディカルサービスなど、データを活用したリアルタイムでの付加価値提供が大きなトレンドになっています。
10年単位で見ると、第1世代はITを用いた医療に関連する周辺部分の効率化、第2 世代はより専門性ある分野、隣接する領域に事業の展開が進んでいるように見えます。ちなみに第2世代の後半から起業したヘルステック企業の数はかなり増加しています。注目ヘルステック企業100社のうち50社は2014年以降に起業されているので、7-8年で半数にあたる50社以上が急速に立ち上がりました。2020年以降に創業された第3 世代ではデバイスとデータの連携、医療プロセスの効率化がキーになってくるのではと弊社は考えています。YuimediやACCELStarsなどの会社が印象的です。
プロダクトライフサイクルという成長曲線では、開発期から導入期、成長期、成熟期へ移行する一連の流れがあります。ヘルステックの各サービスも成長段階により市場環境は違うため、会社がとるべき製品戦略、競争戦略、経営戦略も異なると考えています。例えば医療データの利活用を見てみましょう。コロナ以前は導入期で、製薬企業もまず使い始めてみるという状況でしたが、足元は導入が進み、データ利活用の裾野が拡大する中、本格的な利用が検討されつつあります。導入期から成長期へフェーズが変わったと言えるでしょう。
市場の成長期では新規参入など競合プレイヤーは増えていく中で、市場浸透率を上げるべく製品戦略としては多角化していくことが重要になります。実際に医療データ利活用では、様々なデータやサービスを組み合わせ、カバレッジを拡大させていく動きが確認できます。一方、コロナを経て成長期から成熟期へ移行した市場もあります。足元の成長率を踏まえれば、医師会員サイトを用いた製薬企業へのマーケティング支援が該当すると考えます。成熟期では競争環境は寡占化に向かいますので、シェアを維持しつつ、より差別化したサービス提供が重要になってくると考えられます。
ヘルステック業界ではM&A、他社協業など合従連衡が加速しています。M&Aや協業、資金調達、ニュースの数は、この一年間でも右肩上がりで徐々に増えてきています。上場している主な医療IT系6社のキャッシュポジションを見ると、22年9月時点で1,500億円ほどにキャッシュが積み上がっています。将来成長に向けた合従連衡が今後も継続、加速する可能性があります。
ここまでをまとめますとデジタル化、効率化、データ活用が進み、世代ごとに特徴をもったヘルステック企業が創業していく中で、今日のヘルステックの市場になりました。それぞれの市場は細分化されていますが、成長曲線のフェーズによって市場環境、会社の競争戦略に変化が出ています。実際、医療データ利活用は導入期から本格的な成長期へ、医師会員サイトを活用した製薬企業向けマーケティング支援は成長期から成熟期へ移行しました。デジタル化が波及する中で、様々なサービスが立ち上がり、開発期、導入期にあるというのも近年の業界内での注目点だと思います。
一方、上場企業では成長加速のための人員増、サービス開発など先行投資が継続されています。コロナ需要が一巡する中、将来成長を意識したM&A、協業に各社取り組んでいますが、そこでは業界に大きな影響力を持つプラットフォーマーの成長戦略が、より大事になってくると思います。
プラットフォーマーの成長戦略
弊社が抽出した注目ヘルステック企業100社を市場別に区分けしました。青色の枠で囲われた部分が医師プラットフォームから出発したエムスリーの事業展開、緑色が医療データから出発したJMDCの事業展開を敢えてイメージ化してまとめています。尚、黄色はDeNAが出資・連携している会社、灰色は医薬品卸が出資・連携している会社です。注目ヘルステック企業を100社抽出した内、約3割強の企業では既に他社やグループとの連携が模索、進行しています。幅広い事業を展開するプラットフォーマーが複数出てきている中で、ヘルステック市場は多極化しつつあります。例えばエムスリーは医師会員サイトを出発点としつつも、Digikar(クラウド型電子カルテ)、デジスマ診療など医療機関の業務オペレーションでの事業拡大を目指し、図の左側から右側へ事業ポートフォリオを拡大させています。
医療データを出発点とするJMDCは過去数年間、データへのアクセスポイントを模索して図の右側にあるデータベース・システムの会社の買収を続けていました。医療データ事業を柱としつつ、最近は右から左の方向での事業展開を模索しています。医療機関のDX(業務支援、問診、医療従事者コミュニティ)や治験支援の領域などの市場では両社が隣接しつつあります。それぞれ広大な市場規模がある中、互いに事業機会を模索しているようにも見えます。
エムスリーの成長戦略
エムスリーの売上は、きれいな成長曲線を描いて過去20年以上成長してきました。製薬企業向けマーケティング支援に関連する売上高は全体の約2割ですが、営業利益率は高く収益への貢献度が高いと推察されます。この事業をキャッシュカウビジネスにしつつ、他の分野でM&A等を活用しながら 、レバレッジを効かせて事業を拡大していることが分かります。
改めてエムスリーの成長のドライバーを考えたいと思います。まず左上について説明すると、医師会員サイトで圧倒的なビュー数・訪問数を持っているのがエムスリーです。右上には事業拡大フェーズごとの売上高成長率を載せています。新規事業とM&Aした事業をきちんと成長させ、過去10年で売上を約14倍にしました。今後に関して我々が注目しているのは下の図表2つです。左下は薬剤あたりのサービス売上高です。薬剤数ベースでは、実は1薬剤あたり1億円以上売り上げを上げている薬剤数は全体の16%しかありません。契約しているものの利用が限定的な薬剤に対してどう付加価値を上げていくかが、エムスリーのこれからの戦略になると考えています。そのうえで右下に載せたグラフのように、既存のMR君(医師向けディテールサービス)自体の成長率が成熟化し、製薬企業の中でもMRの適正化を進め、より費用対効果を意識した医薬品プロモーションを模索する中で、他のサービス(メディカルマーケター、myMR君など)を組み合わせ、更なる成長加速を出来るかが重要になるでしょう。
別の観点ではエムスリーはサグラダファミリアチャートという地域と事業展開のマップを埋めながら事業の成長を図ってきました。日本での事業展開は当然ですが、各国での医師カバー率がどう増えているのか、各国での事業展開がどう増えていくのかといった海外事業の成長も同社の成長を考える上では大きな注目点だと考えます。
JMDCの成長戦略
エムスリーと比べて事業規模はまだ小さいですがJMDCも積極的なM&Aを通じプラットフォーマーを志向している点で注目しています。医療機関、健康保険組合向けサービスを提供しつつ、医療データをお預かりする事業群と、研究機関、民間企業などに匿名加工などをした上で医療データの利活用を進める事業群を展開しています。
左上にあるように医療データの一次利用、収集では、保険者、医療機関からの医療データの数と範囲を拡大させていく戦略がとられています。医療データの二次利用、利活用ではアドホック、データベース、コンサルティングなど様々なニーズに応える形でサービスを提供し、そのクロスセル、アップセル効果が顕在化し始めています。製薬企業1社あたりの取引額がどう推移するか(左下図)、先行するプラットフォーマーであるエムスリーと同様の成長曲線を描けるか(右下図)が今後の注目点でしょう。
JMDCはデータを軸に企業、保険者、患者、医療従事者と網羅的にサービスを提供できる会社である点も特徴の一つです。図にあるように様々なアルゴリズムの開発が進んでおり、これらをきちんと実装できるかにも注目したいと思います。
ここまでをまとめますと、業界全体としては、エムスリー、JMDCといったプラットフォーマー、DeNA、医薬品卸による出資、業務提携が進んでおり、市場は多極化しつつあります。合従連衡を通じて、業界の垣根を超えたサービスの連携が進んでいます。サービスが連携される中で、データと業務オペレーションを統合したサービスが立ち上がりつつあります。業界のレガシーな構造にアプローチしていく動きとして弊社は注目しています。
プラットフォーマーの戦略では、エムスリーは製薬企業向けサービスの動向、サグラダファミリアチャートにみられるようなM&A、新規事業の国内外での展開が注目点です。JMDCは医療データのクロスセル、アップセル、企業、保険者、患者を巻き込んだサービスをどう作っていくのかに注目しています。
2023年の注目点
以上を踏まえて、2023年に注目しているテーマを3点挙げていきます。
1. プロセスの効率化
1つはプロセスの効率化です。左側にPhysician、Pharma、Payer、Patientというステークホルダーを載せています。PhysicianとPharmaの関係では医療データ利活用の基盤をどのように構築していくのか。一方PhysicianとPatientの関係では、医療AI、SaMDを取り巻く環境に変化が起きている中、診断プロセスの効率化がどこまで進むのか。この2つのポイントに注目しています。
医療データ利活用の基盤では、従来は後ろ向きデータ(レセプトなど定型データ)など大量に集約した過去データの分析が中心でしたが、それらの利用拡大に加えて前向きデータなど、より個別データ(臨床・治験のデータ)について 仮名加工、個人情報の文脈も視野にいれた利活用が模索されている段階かと思います。
実際に2022年にはJMDCがリアルワールドデータ株式会社を買収しました。PMS(製造販売後調査)を中心に前向きデータの利活用をビジネスとして模索し始めています。2022年12月にはTXP Medicalが中核病院のデータを統合したデータベースを提供するというニュースリリースが出ています。医療データのクレンジングソフトを開発するYuimediは国立がん研究センターと放射線画像検査関連情報における医療用データベース構築における共同研究契約を締結しました。レセプトを中心とした医療データの利活用が徐々に広がっていることに加え、未来を見据えて、前向きの医療データ利活用を医療機関と上手く連携をしつつ模索する動きが始まっています。
左側のグラフにあるように、医療AIの承認数は日本とアメリカでかなり開きがあります。日本の場合は薬事承認ベースで、アメリカはFDA承認ベースで定義自体に差がありますが、やはり日本の中でも、どのようにプログラム医療機器を拡大していくかは今後の大きなテーマだと思います。二段階承認制度の導入、保険償還開始までの時間を短縮化するなど、様々な議論が政府、有識者の中で進んでおり、その動向に注目です。
2. 事業拡大の範囲
2つ目のトピックでは事業範囲の拡大に注目しています。ひとつが治験の効率化です。デジタル化が進む中で、PRO(被験者リクルーティング)の更なる効率化、DTC(分散型臨床試験、リモート治験)などの動向に注目しています。もうひとつは健保業務の効率化です。国民健康保険組合(国保)に関連するデータ事業の展開可能性、加入者に対する重症化予防、健康増進への取り組みに注目しています。
治験の効率化については、臨床試験、治験業務のフローごとに様々なサービス・システムが利用されています。治験業務の効率化、DCTを意識した際には機能連携、バリューチェーンが重要になると弊社は考えており、M&A、サービス展開を進めているエムスリー、マイシン、Buzzreach、DCT Japan、JMDCなどの会社の動向に注目しています。
一方、保険者向け、企業向けのサービスでは、2022年にDeNAグループがデータホライゾンをTOBしたこと、またエムスリーとJMDCが、健康支援のサービスを模索していることから、事業環境に大きな動きが出てくる可能性があります。保健事業のサービスは健康診断、特定保健指導、重症化予防など、様々なマーケットが存在していますが、これを横でつなぐ動きに注目しています。M&A、他社連携が今後進む可能性があります。
3. 個人へのアプローチ
3つめのトピックは個人へのアプローチです。マイナンバーやオンライン資格、電子処方箋など政府の施策が進む中、個人に医療データを還元していく動きが顕著になるのではないか考えています。同時に、個人の健康増進にアプローチしていくサービスも2022年からいくつか動き出しています。
JMDCでは健診値管理やストレスチェックなど、健康、メンタル相談を提供するPep Up for WORKの展開が始まりました。2022年にはオムロンと業務提携していますので、オムロンのバイタルデータを活用したサービスも検討されるでしょう。
エムスリーはホワイトジャックプロジェクトとして生活者の余命と健康スコアを指標化し予測するサービスであるEBHS Lifeプロジェクトも始めています。未病段階でのサービス展開として注目しています。
まとめますと
- 医療機関と連携した医療データ基盤の効率化、医療AIやプログラム医療機器に対する政府の動向
- 臨床試験、治験の効率化、保健事業、健康増進事業などDX化の更なる広がり
- 個人への医療データの還元と健康支援を通じた個人への介入サービスの広がり
といった事業テーマを2023年は特に注目しています。
Q&A
城間:注目ヘルステック企業100社 をみると、エムスリーとJMDC、DeNAの動向が目立つ一方で、医薬品卸の動きも結構活発だなという印象を受けました。医薬品卸は現在どういう考えで拡大しようとしているのでしょうか。
徳本:現在の医薬品卸は流通の問題も含めて課題もあると思いますが、この一年は各社中期経営計画を出す会社が多い時期でした。その計画からは、医薬品卸の販管費をコントロールしていくことに加えヘルステックのマーケットに対しては先行投資をして新たな成長の機会を作っていくことを、各社とも意識的に出してきたと思います。会社によってスタンスと投資先は違いますが、大きな印象としては、医薬品卸は薬のデリバリーをするだけではなくて、デジタル製品もデリバリーしていく方向性を感じました。もしヘルステック業界に弱みがあるとすると、サービス開発自体は社内外のリソースで出来ると思いますが、販売ネットワーク、医療機関へのアクセスを自前で構築するのは難しい部分もあると思います。そういった中で医薬品卸のデリバリーネットワーク、情報量を期待して連携を模索されている会社が増えてきた印象です。
城間:おっしゃる通りですね。本当にすばらしい製品開発ソリューションがたくさんスタートアップでも出ている中で、まさに「売っていく」というところが最大の難関のひとつだなと我々も実感しています。対製薬企業の業界でも対医療機関でも「どう売っていくのか」ということが難しく、そこでマーケティング・営業の体制をどうするのかが拡大していくときの大きな課題になっていると思います。まさに医薬品卸がデリバリーのネットワークを持ちながら、うまく今までの医薬品等のみだけでなく、デジタルソリューションまでしっかりデリバリーできるようになると、非常に大きなポテンシャルがあるのかなと思いました。
城間:「リアルワールドデータの拡大の障壁と可能性について教えてください」ということで、「個人情報保護をどうするのかと、臨床試験、PMSのほか活用することがあるんでしょうか」というご質問をいただいています。
徳本:リアルワールドデータは、政府の動きと海外を比べたときの日本の姿勢がどうなのかという話と、事業者で何を現場ベースでサービス構築していくかという足元の話の2つがあります。
まず可能性として後ろ向きデータのレセプトを中心とした部分は、データ利活用の裾野が拡大する中で、製薬企業のニーズを新たに掘り起こしている側面があると思います。マーケティングのPDCAや市場の分析、トリートメントフローなど様々な分野で更なる活用が模索されていく余地があるのではないでしょうか。現状はリアルワールドデータが使われているといっても、JMDCとメディカルデータビジョンの直近12か月分の売上高で見ても約100億円ほどです。一方、前向きの個別データは個人情報と仮名加工にも関連する領域ですので、まだ模索段階かと思います。この領域は臨床研究や治験、DR、育薬に使えると思いますので、将来的な可能性は大きいと思います。
障壁になるのは、個人情報保護、セキュリティへの対応ではないでしょうか。医療データのうち国保、自治体で蓄積される高齢者データは一部アカデミア向けに利活用が模索されていると思いますが、企業、製薬向けにどこまで活用できるのかは今後の議論かと思います。既に整備された匿名加工技術では、次世代医療基盤法の認定業者のデータ管理に関する報道があったように個人情報保護、セキュリティへの関心が高まる中、制度の動向に注目しています。
城間:今度はセキュリティの観点からご質問です。「デジタルヘルスにおけるセキュリティに関するリスクや課題についてご意見をいただければ」ということで、たしかに2022年も病院へのハッカー・のっとり被害があって、実際に病院のオペレーションが回らないというニュースもありましたが、セキュリティ面で何か注目していることはございますか?
徳本:大きな問題ですよね。2022年後半も大阪の話を含めて、ひとつのテーマになったと思います。今までも当然いろんなセキュリティに対する取り組みは各事業所でしていると思いますが、改めて問い直す機会になったのではないでしょうか。ヘルステック業界全体に当てはまるセキュリティに関しては、業界全体としては医療データ利活用のポテンシャルは良く注目されますが、それに見合うコストはあまり議論されていなかった面があるかもしれません。また医療機関においても従来はセキュリティだとすぐオンプレ、クラウドの議論になっていた印象がありますが、そこに捕らわれすぎず、総体としてセキュリティをどう担保するのかという議論が重要だと思います。データでは病院内でのクレンジング、ELTツールが、セキュリティやプライバシー保護ニーズが高まる中どのように広がるか注目しています。
城間:セキュリティの話はデジタル化が進むほどに、本当に必要なテーマになると我々も非常に実感しています。その一方で、どうしてもセキュリティは守りの投資なので、比較的優先順位が下がってしまう傾向があります。また、コストが増える観点からも、例えば 病院経営をやっている方でも最大のプライオリティとして最初の投資に回せるかどうかはすごく難しいのだろうとニュースを見たときに思いました。とはいえ実はデジタル化とともに、喫緊の経営課題のひとつだという認識を高めていくことが大事な状況なのだと、今の話を聞いて思いました。
城間:今のお話にも関連するご質問で、「この領域で日本企業が世界に出ていくことは可能と考えられていますか? 可能な場合は日本展開から世界展開という流れでしょうか?」といただいています。
徳本:ケースバイケースという気がします。前提として我々のように外部から業界を見ている側よりも現場で実際に事業をされている方々の展望、視点が重要だと思います。一般論で考えれば、日本の独特な医療システムに立脚しているサービスを海外にすぐ横展開するのはハードルがありますよね。やはり医療システムが違う中で各国に合ったサービスが模索されており、日系企業が展開しにくい領域もヘルステックの中にはあると思います。画像診断支援や治療AIなどの領域はソフトウェア型なので、比較的日系企業が海外に出ていきやすい部分もあれば、海外企業と資本競争になる部分もあるかと思います。例えば画像診断AIで見たときに、極論をいうと中国の大会社が莫大な予算をつけて開発をして、そこに勝てる日本の企業はあるのかという議論になります。またアメリカのGoogleなどプラットフォーマーが様々なデータを収集していく中で、日本はどこで勝負できるのかという議論でもあるでしょう。注目しているのは、AIメディカルサービス、アイリス、ACCEL Starsなどの、世の中にあまり存在していなかったけれども、日本の中だと結構とれるかもしれない画像データ・医療データを収集して勝負していく事業。 ひとつの勝ち筋かもしれません。
城間:「国民皆保険のある日本では医療費が欧米に比較して安価なため、予防医療に対する投資意欲が低いと感じています。予防医療重視のトレンドは見られるけれども、マネタイズの難しい領域であるから、第三世代のDX企業の生き残りについてはどのように想定されていらっしゃいますか?」ということで、どうお考えですか?
徳本:非常に難しいテーマですね。病気になる前の段階もヘルステックのマーケットに当然入ってきます。ヘルステックで予防を考えるとしても、4つのステークホルダーで整理できるかと思います。PharmaとPhysicianとPatientとPayer。複数のステークホルダーを巻き込み新たな価値を生み出すのがヘルステックの事業戦略として大事だと我々取材をさせて頂く中で日々感じています。あとは組み合わせ方とターゲット次第な気がいたします。
城間:2022年末のヘルステックサミットという日経新聞とメドピアが主宰したイベントの中でのピッチコンテストで優勝した会社に、WizWeという会社がありますが、その会社は「3日坊主を習慣化する」ことを多くのノウハウとテクノロジーを駆使して安価に提供するという、ライザップの安価版のようなことにチャレンジしており、すごくユニークなソリューションも出てきています。そうすると一般の方々が安価に、月額数百円払うような構造に持っていき、あとは事業会社と組んで、健康経営の文脈で入り込もうとチャレンジしている会社もありますよね。他に最近面白い動きだと思っているのは、ちょこザップですね。ライザップが始めた月額3000円ぐらいで、ちょこっとジムに24時間いつでも行けるようなサービスは、実は予防医療という観点でもどんどん身近になってくるような部分かもしれないと思いました。だから非常に重要な議論のひとつかなと。
城間:「デジタルとMRの組み合わせ、CSOの活用、もしくは全くプロモーションをやめることもひとつでしょうか?」というご質問もあります。なかなか極端なご意見かと思いますが、どうでしょうか。
徳本:少なくともハイブリッドで考えていくことになると思います。今までのF to F(フェース・トゥー・フェース)から、O to O(オンライン・トゥー・オフライン)に変わって、2つを組み合わせながらマーケティングをしていくことと、各社の製薬企業の経営リソースに合わせて行っていくことになると思います。
城間:プロセスの効率化でSaMDの話がありましたが、現在いくつかの製薬企業がSaMDの取り組みも始めたというニュースもある中で、日本においてSaMDのアプルーブはアメリカ同様、二次曲線のように増えていくかについては、どう思いますか?
徳本:SaMDの中でもDTxでは、ドイツの承認制度がよく引き合いに出されることが多い印象です。どう進むかは政府の議論次第でしょうが、こういった新しい分野は政府の方向性に大きな影響を受けると思います。政府の方向性では薬事承認、保険償還までの期間をどう短くし、予見性を高めていくかに注目しています。プログラム医療機器に取り組む会社にとって、承認や償還まで4-5年かかる場合ではリスクが高い上に手探りをしつつ事業を進める感じではないでしょうか。SaMDに関するボトルネックが解消されるとベンチャー企業の中でも取り組み易くなり、複数のパイプラインを同時に走らせることがより容易になると思われます。
城間:アメリカの中でSaMDのソリューションの会社が、ビジネスモデルとしてきちんと成り立っているかどうかという観点も気になります。
徳本:それは大きな問題であると思います。これはSaMDよりもっと広く医療AI全般の話になりますが、例えばFDAでアプルーブされても、結局現在使われていないものも相当数あると思います。ただ日本に当てはめるならば、まだ先の議論だと思います。まずはいろいろなラインナップが増えて、当たり前のように何らかの医療AIを使う世界にすることが先だと思います。一方、アメリカではサービスがきちんと持続できているのか、持続可能なマージンを出せているのか、金利など市場環境が変わる中問われていると思います。
城間:今日本でも治療アプリで承認を取るスタートアップの会社も出てきて、また承認を取った後にどれだけ実際に現場のドクターに処方されていくのかというところと、その価格も含めて投資回収に見合うのかは、まさに2023年も含めて非常に今後の注目ポイントなのかなと感じました。
城間:プロセスの効率化という2023年の注目点の話題で、TXP MedicalとYuimediの2社を挙げていましたが、特にYuimediがやろうとしているビジネスモデルがどういう展開になっていくのか非常に興味があります。ニュースを読み解くに、どういう展開を考えていますか?
徳本:大きな文脈としては、JMDC、TXP Medical、Yuimediも、いわゆる前向きデータ(臨床、治験データ、電子カルテ等)の一次、二次利用を見据えた際に病院の中でデータウェアハウスをどう整備していくのかに問題意識があるように見えます。その中でYuimediはデータのクレンジングにまず注目したサービスを提供していますが、データの前捌きの部分が効率化できないと、その後に 利活用するデータの絶対数が少なくなると思います。言うなればデータ利活用の前工程に注力しています。前工程の他の部分にもサービスを開発するなどしてサービスラインアップを拡大させていくことも可能だと思います。他の観点では前向きデータでは必ずしも膨大な医療機関のデータが必要ではないので、TXP Medicalの新サービスのように対象となる主に中核病院をピンポイントでおさえていく動きが大事になると思います。
城間:コスト削減という観点で、病院に提案しているようにも思えます。
徳本:そうですね。コスト削減と広い意味での効率化ですよね。
城間:病院が限られた経費の中で増やすのはどうしても非常に難しい中で、どうやってコストがかかっていった部分を効率化してかつ有用になる提案の効果が実証されてくると、どんどん他の病院にも展開できるようになりそうですね。
城間:実際にスケールしていくときに、いかに営業部隊が販路を持って病院関係者と交渉して締結できるかという点は、すごく重要なポイントになると感じます。特に非常に急成長しそうなスタートアップのサービスを伺って思ったのは、病院側の意思決定をする方との交渉は効率化されるのかということ。現在の日本の現場では、足を使って対面で会ったり、説得や意思決定に非常に時間がかかったりといったことがまだあって、そこがボトルネックになっているのだろうかという疑問が出てきました。
徳本:そこは大きな問題ですよね。ヘルステックでは民間の企業が取り組んでいる場合でも、顧客には医療機関、ステークホルダーには官公庁なども関わるケースも多いでしょう。
例えば株式市場の中では、ヘルステックはバリュエーション(市場からの期待値)も高く、この数年DXに対する期待もあり、どんどん導入ができるように思われている節がありますが、実際の現場から考えると意思決定に時間を要するタイプの職種の人たちにアプローチをしていると思うので、そこは構造的な課題だと思います。向こう3年、5年でその点が急激に変わるかというと、働き方改革があったり、デジタル化ツールが広がったりという流れはあるとはいえ、顧客、ステークホルダーの意思決定が極端に早くなることは考えにくいですね。
ただ、これからデータを活用してエビデンス、実績を元に提供できるサービスが増えてくると思いますし、コロナ禍で医療を取り巻く環境も変化し、デジタル化への対応は医療機関でも比較的議論されやすいと思います。医療機関の目線に合わせつつ、上手く協業、アライアンスを通じてサービスを作り出せるかという視点は今まで以上に大事になるかもしれませんね。
城間:いずれにせよ金融市場から見たときに、デジタルヘルス・ヘルスステック業界は非常に成長しそうだという見方がある一方で、現場ではなかなか簡単に変わらない・変われない点が多々ある中で、どうスピーディーにやるかがポイントになるのかなと。ただそうはいっても、現場の中でもトッププレイヤーやセンスのいい方々がどんどん変革しようとして、事例をひとつひとつ積み上げていく、粘り強い仕事をしていると思っています。1個1個の積み重ねが、あるときにすごい勢いで積み重ねのスピードが上がると、急なカーブになるイメージかもしれないですね。
徳本:そうですね。そういった協業をしつつ、きちんとPatient、Physician、Payer、Pharmaの4つのステークホルダーそれぞれにベネフィットがあるサービスを作れるところが生き残っていくかと思います。他に大事な点として、日本のヘルステックではまだあまり起きていませんが、アメリカのヘルステック企業が最近、特に2023年1月に入ってから、遠隔医療のテラドック・ヘルスが300人のレイオフを発表したほか、プライマリーケアを行うCarbon Healthや、コロナ検査キットを手がけるCue Health、Googleのライフサイエンス部門、デジタル治療アプリのAkili Interactiveなど、話題になった会社がレイオフを相次いで1月に発表する動きが見られます。日本とアメリカでは当然金融の市場が違うので一概には言えないですが、リセッションが意識される中、将来成長のため 人材、開発投資をしつつ、収支、財務的な安定性も模索しないといけない動きは共通かと思います。経営の目利き力がより問われる時代に突入しつつあるのではないかと、アメリカのマーケットや企業を見ていると思います。
城間:おっしゃるとおりですね。まさにそれがFRBの利上げから始まった急速な株価の暴落から、スタートアップ投資の冷え込みというところで、投資家が今まで赤字を掘ってでも拡大してどんどん売上を伸ばそうというモードから、急に投資が冷え込み、キャッシュフロー黒字化を目指そうという方向での、一旦縮小があるのだと思います。そうなると今後の大事なポイントになるのは、改めて営業力、しっかり売る能力なのだろう と感じました。エムスリーがこれだけ伸ばしているのも、すごく基本的な営業が非常に強いからで、JMDCが伸ばしているのもコンサルタントの数を着実に増やしてクロスセルをしっかりできる体制を整えているところと、今回の話でもありましたよね。やはり対顧客に対してマンパワーを張れて、ソリューションを提供しながらビジネスにできるところが、特にまた求められる局面になっているのだと思いました。
※本セミナーの内容、図表は2023年1月26日時点のもので最新の情報ではない可能性があることをご了承ください。