日本ベクトン・ディッキンソン株式会社(日本BD)※の晒美香氏を招いたオンラインセミナー「デジタルマーケティング推進プロジェクトの取り組みと未来」を2022年5月25日に開催しました。本記事では、当日の講演内容をまとめます。
※弊社は日本ベクトン・ディッキンソン株式会社(日本BD)様にデジタルマーケティング戦略立案および実行支援をお任せいただきました。
目次
プロジェクト立ち上げの背景
まず日本BD社の組織のイメージ図を紹介しますと、社長の下に複数の事業部があり、事業部の中に営業とマーケティングが入っています。それから皆さんの会社と同様、人事やファイナンス、ITなど事業部を横断し物事を動かしていくファンクションのチームがあります。私が所属するガバメントアフェアーズ&パブリックポリシー、ストラテジックマーケティング(GPS)もファンクションのチームで、事業部を横断した戦略マーケティングなどを担当する部門になります。
弊社は2016年以前から、部署によってはデジタルマーケティングを取り入れた戦略を実施していました。しかし、インターネットの高速化やモバイルの発展が進んで顧客もデジタルを使うようになり、会社としてデジタルマーケティングの戦略策定を進めることが求められました。実際に2019年にはメディウィルさんと一緒にデジタルマーケティング戦略のドラフトを作りましたが、残念なことにこの時期は「デジタルをやったらいいよね」という漠然とした感じで、なかなか全社的にデジタル化を進めるまでには至りませんでした。
そのような中、2020年1~2月ごろから新型コロナウイルス感染症が流行し始め、弊社も3月頭には完全リモートワークに移行しました。営業担当は顧客訪問の規制で顧客に直接会えず、学会は延期もしくはオンライン開催となるなか、顧客や社内の人間とコミュニケーションを取るためにデジタルのニーズが上がっていきました。その最中にマネジメントチームが「今までは事業部バラバラでデジタルマーケティングをやっていたけれども、これからは会社として推進していくべきだ」ということを打ち出し、デジタルマーケティングの推進プロジェクトが発足されました。
デジタルマーケティング推進プロジェクトの取り組み
事業部のマーケティング部から、GPSのストラテジックマーケティングに異動した私の役割は、会社としてデジタルマーケティングを推進することです。私は、これまでのキャリアで長期に渡ってマーケティングの経験を積んできており、戦略の立案方法、マーケティング知識や人とのコミュニケーションについてはあまり心配していませんでした。
しかし、日本BDに入社後の6年間は一事業部で業務に従事していたため、各事業部でのデジタルマーケティングの現状については全く把握しておらず、また自分のデジタルマーケティングに対しての知識が十分なのか非常に不安でした。加えて複数の事業部との協働方法をどうすれば効率的にできるのか、期待値の高いデジタルマーケティング推進にどう応えるか、いかにスピーディーに結果を出せるのか悩んでいました。
こうした状況ではありましたが、とにかく戦略策定を3ヵ月ぐらいでバシッとやってしまおうと考え、以下の流れで2020年9月頃にスタートし2021年1月まで進めていきました。
- 外部デジタルパートナーの選定
- デジタルマーケティング戦略カンファレンスの開催
- 各事業部担当者との1on1ミーティング実施
- 戦略の確定
このうち1. ~3. について具体的に紹介します。
1. 外部デジタルパートナーの選定について
専門家と仕事することが成功への近道であるなか、どのように専門家を選ぶかについては多くの考え方があると思います。「戦略的である」「きちんと報告ができる」といった基本的なこととは別に、パートナーの選定時に押さえておくべきポイントを4つ示します。
まずは「パートナーへの期待値の明確化」です。依頼する側はパートナーにどのような期待を持っているのか明確にしておく必要があり、これは「自社の役割、パートナーの役割を明確にする」こととリンクします。曖昧な状態で業務を依頼してしまうと、パートナーが期待に100%応えてくれることはないでしょうし、かえって「このパートナー、あまり良くないな」と評価が下げてしまう可能性すらあります。依頼する側はパートナーにどうしてほしいのか、業務を完全に委託するのかそれとも協働するのかなど色々決めておくべきだと思います。
2点目は「パートナーの専門性と実績」です。もちろん同業界での実績があれば一から説明しなくて済みますし、ピントがずれたことを言われないので(実績は)絶対にあった方が良いと思います。一方、デジタルの施策に取り組む中で医療業界の実績はない会社が(パートナーとして)浮上することも多くあるでしょう。そのような場合はパートナーの実績が自分たちのビジネスに活用可能なのか、考え方がマッチしているかなどプロジェクトのゴールを見据えて議論すべきです。実際に私も医療業界の実績がないパートナーと仕事した経験がありますが、一緒に取り組む価値はあったと思います。
そして3点目の「パートナーとのスピード感」についてですが、両社のスピード感が合っているか、遅かったり早過ぎたりしないかチェックした方が良いでしょう。加えて依頼する側が期待するスピード感を持っているか、仕事の進め方を見ながら確認するのをお勧めします。
最後に意外と重要なのが「パートナーとの相性」です。実はメディウィルさんを選んだ大きな要因の一つがこのポイントでした。初めてのキックオフミーティングでかなり打ちとけて楽しく話したのを覚えております。数か月、場合によっては年単位で一緒に仕事をしていくことにもなるので、パートナーとの相性もきちんと見た方が良いです。
上記で紹介した4点に加えて、パートナーが作成した戦略のドラフトで設定されているゴールが大きすぎず身の丈にあっているか、すぐに実行できそうか、私たちのことを知っているかどうかもチェックしました。私はとにかく動き出しながら仕事を進めていくやり方を採用したいタイプだったため、すぐにでも実行できた上で、なにかしら小さな形に残る結果があることを重視しました。戦略があまりに壮大だと実行する上で時間がかなりかかってしまい、デジタル化に乗り遅れてしまう恐れもありました。
パートナー(メディウィルさん)と仕事することが決まり、戦略案をたたき台に議論していく中で不明点や不安が多く出てきました。
例
- 10個近くある各事業部の現状や彼らが抱えている課題
- マーケティングのデジタルリテラシーのレベル
- デジタル化において会社が抱える課題や対策
- 2019年に作成した戦略のドラフトをうまく浸透させられなかった過去の事例を踏まえ、社内にどう浸透させていくか
こうした問題を解決すべく、第一段階としてデジタル促進チームを結成し、それからデジタルマーケティング戦略カンファレンスの開催と1on1ミーティングを実施することにしました。
社内で戦略を浸透させる上で重要なデジタル促進チームは、私のチーム(ストラテジックマーケティングチーム)と、事業部ごとの担当者1名で構成されました。担当者の任命は各事業部長を経由して依頼する方法を採用しました。このねらいとして今回のデジタルマーケティングの促進が会社のプロジェクトであるという位置づけ、会社のデジタルマーケティングを皆で推進するという意思表示がありました。
ただ、任命された人はある日突然「あなたデジタル担当ね」と言われても何をすればよいのか明確ではありません。そのため、まず初めに、部門の代表者である担当者はデジタル促進チームで話し合った内容を各事業部に伝達し、事業部の意見を集約してチームに持ち帰って情報共有する役割であることを明確にしました。
デジタル促進チームのような組織を有効活用させるためには、ステークホルダーマッピングが重要です。ステークホルダーマッピングによって、プロジェクトで影響を受けるチームや個人をはっきりさせ、該当する方々に適切なコミュニケーションを忘れずに取ることができます。私も実際に社長を含めたそれぞれの事業部のリーダーに進捗を定期的に報告し、社内でメンバーがどのように進めているか共有しました。
2. デジタルマーケティング戦略カンファレンスの開催
私はデジタルマーケティング戦略カンファレンス(以下、カンファレンス)を、デジタル促進チームの皆が、同じ方向を向いて同じゴールに向かって進むための第一歩と位置づけました。プロジェクトのキックオフであり、会社の現状を共有して今後の方向性を理解してもらったり、メンバーを意識づけたりする目的もありました。デジタル促進チームが一体化し、情報を会社全体に拡散していきたいと考えていました。
2時間に及ぶカンファレンスをうまく導く上で有効だったのが、事前に行ったアンケートでした。それぞれの事業部がどの程度デジタルリテラシーがあり、どのくらいデジタルマーケティングを導入しているのか把握できたため、得られた情報を要約してカンファレンスの場でシェアしました。また、事前アンケートの結果から「会社のツールをうまく構築できていない」などの課題が見え、メディウィルさんから色々提案してもらうこともできました。
当日の話をすると、まずGPSダイレクターによる開催の挨拶からスタートさせました。これは、本プロジェクトが会社のプロジェクトであり、GPSダイレクターレベルの役職も関わっていることを認識してもらえるよう作りこんだ結果です。それから既に紹介した事前アンケートの件、そして2019年に作成したデジタルマーケティング戦略のドラフトの方向性を共有し、その方向性や方針について議論しました。その後、短い時間でしたが事業部の現状を理解するべくデジタル促進の担当者にインタビューを行ったことで、事前アンケートと合わせて会社全体そして事業部にどのような課題や要望があるのか大まかではありますが見えてきました。
3. 各事業部担当者との1on1ミーティング実施
実際にデジタル化を促進していく上で各事業部が取り組むべき指針を作成するため、全事業部を対象にした1時間のオンライン1on1ミーティングを設定しました。
1on1ミーティングを運営するときのポイントはいくつかあります。まず事前インタビューシートを作成して現状の課題や既に行っている戦略、デジタルを活用して実現したいことなどを記載してもらいました。そして、短期間(3日間で10時間、1日2~3回)かつカンファレンスから約2週間というスパンで日程調整しました。これは参加する事業部の方々がカンファレンスの記憶が新しく、モチベーションがあるうちに実施したかったのと、インタビュアー側としても短期間で全事業部の話を聞くことで、全体の課題を把握しやすくするためです。
また、我々の経験不足からくる不安や体力の問題、インタビュイー(事業部)側の満足感などを考慮し、課題の解決案が比較的出しやすい事業部からスタートさせ、次に解決案がやや難しい事業部、最後は再び解決案を出しやすい事業部という順番で行いました。それから、インタビューの進行役を専門家主導で行ってもらうようにしました。実際にメディウィルの城間社長が担当したことで、同じ会社の人間だと見逃してしまうようなプロジェクトの基本(ゴールはどこか、ターゲットはしっかり決まっているのか等)を押さえたコメントや様々な事例の共有をしてもらえたので、参加者も「こういうことであれば私たちもできそうだな」とイメージしやすくなったかと思います。城間社長にとっては、かなりきつい仕事だったはずですが、ものすごく内容の濃い1on1ミーティングとなりました。
戦略カンファレンスと1on1ミーティングで見えてきたもの
戦略策定ステージにおいて、初めの3~4か月で行ったカンファレンスと1on1ミーティングは非常に重要なアクティビティでした。この活動から見えてきたことは3点です。
I. 基本の大事さ・大切さ
デジタルマーケティングといえども、あくまでマーケティングの手法の一つです。以下のようなマーケティングの基本がベースにあることを改めて理解できました。
- ターゲットは誰なのか
- 響くメッセージは何か
- ターゲットとコミュニケーションがとれるチャネルは何か
ターゲットをしっかり決めてペルソナやカスタマージャニーを作ることができれば、自ずと響くメッセージやチャネルが見えてきます。そのとき、チャネルをデジタルでやるのか、それともオフラインとデジタルを組み合わせて行うのかは、絶対に押さえておくべきところです。
また、デジタルマーケティングは施策の単発連打ではありません。数年前までは「ウェビナーを開催しました」「メールを送りました」といったアクションだけで終わらせるケースが多々あったかと思います。そうではなく、まず基本はデジタルやオフライン含め顧客を誘導するストーリーづくりができているか考えなくてはなりません。そうしたストーリー作りで中心になるのがWebサイト(Webページ)です。ここが準備できていないと素晴らしい戦略プランを作成してもすぐに実行できないので、ぜひ自分が関係するWebサイトを見返してほしいです。もちろんWebサイトを制作する場合も、企業目線ではなくターゲットに響くメッセージやその構成(見せ方)、どのようなチャネルからWebサイトに流入してくるのかなども考慮する必要があります。あとは、それなりに制作時間がかかるので、早めに取り掛かると良いでしょう。
II. 私(ストラテジックマーケティングチーム)の役割
異動直後、自分の役割について「なんとなくこうしたらよいのでは」とイメージしていたものはありましたが、そのイメージを実際に腹落ちさせるまでには時間がかかりました。カンファレンスと1on1ミーティングを経て課題が見えてきて、「こういった施策に取り組んだらデジタル化が進みそう」ということがわかりました。
役割の例
- コーポレートのデジタルマーケティング戦略立案、実行
- デジタルマーケティングを進めていく上で必要な共通のシステムやツールの導入支援
- (共通のシステムやツールを導入する上で求められる)顧客のデータベース整備
- 事業部のデジタル戦略支援
- 事業部でのデジタル推進を活性化させていく上で重要なベストプラクティスの共有
- 能力向上のためのトレーニングやセミナーの主催
対して各事業部の役割は、事業部のマーケティング戦略の立案と実行、それからコンテンツ作成、デジタルツールの活用といったところかと思います。
事業部のカルチャーや(人)の考え方
人と仕事をするとき全てに関わってくると思いますが、1on1ミーティングなどを行っていると、各事業部のカルチャーや所属する方々の思考が理解できます。理解できた上で、人やチームに合わせて色々なことを進めていくのが重要です。
当初抱いていた不安や悩みについて
異動直後に抱いていた私の不安や悩みについてですが、デジタルマーケティングの現状はカンファレンスと1on1ミーティングで全体図を把握できました。それから社内のデジタルマーケティングの知識に関しては、定期的なトレーニングやベストプラクティスの共有によって組織全体の底上げを継続しています。自分を振り返ってみても、約半年間で、ものすごい数のウェビナーや講義を受講してきました。それでもデジタルの分野に関しては知らないことが多くあると思うので、今後もメディウィルさんのような専門家と定期的にディスカッションする機会を活用したりして学んでいく予定です。
「スピーディーに結果を出す」ことに関して、達成できるか非常に疑問でしたが、デジタルマーケティングを推進する立場としてステージごとのゴールをしっかり設定し、一つ一つクリアしていることを対外的に示していく必要がありました。実際に一年半の間で、社内で共通システムやツールを展開させ、コーポレートのWebサイトリニューアルも実現させました。それからデジタルマーケティングを推進していく中で各事業部における活動が活発化してきたことも、成果の一つと言えるのではないでしょうか(例:鼠径ヘルニアの疾患啓発サイト「そけいヘルニアノート」の制作プロジェクトの新規立ち上げ)。
その中で売り上げという結果については、デジタルマーケティングを行ったからといって、すぐには大きな成果は出せません。意外と経営層は「なにかしら取り組んだのだから、大きく売り上げにす直結するはず」と考えるケースが多いと想像できますが、ある程度の結果を得るには時間がかかるということを押さえておく必要があります。
様々な取り組みの結果、デジタルマーケティングチームは社内の賞を受賞することができました。会社として賞賛する場を設けるのも、デジタルマーケティングを推進する上で実施してもらうと良いのではないでしょうか。
デジタルマーケティング推進プロジェクトの課題と未来
デジタルマーケティングを進めていくと、色々な課題が出てきます。複数の事業部で活動が活発化してきたが故に、作業依頼や施策の相談が増えてきました。業務範囲が拡大してきたことでリソース不足を指摘されてきたようにも思えます。
作業依頼の増加に対しては、社内でメンバーを増員させることも大事ですが、経費の問題などを考慮しながら、外注もしくはベンダーとうまく協働していくことも重要だと思います。そしてプロセスを簡素化するために、事業部がどういうことをやりたいのか、ペルソナやカスタマージャニーを作成して、共通認識を持つことも有効かと思います。そうやって彼ら彼女らの課題を把握することができれば、余計なディスカッション等に費やす時間が削減できるようになります。
また、「こういうツールを作りたい」「Webページをこうしたい」といった依頼も多く届きます。私たちのチームはコンテンツの掲載を担当していますが、完成度があまり高くない原稿が届くと、修正が入って時間と工数がかかります。すぐWebページに反映及び公開できる原稿を準備してもらうためには、コンテンツの品質向上が欠かせません。コンテンツ制作のガイドライン周知やトレーニングによってカバーしています。
増加する施策の相談については、初めての取り組み(例:ソーシャルメディアを活用したい)で社内に知見がなければ、スピーディーに進められるよう専門家との協働を提案する予定です。そして、継続したトレーニングによって底上げした知識を生かし、自分たちである程度のプラン練成や解決まで導く必要もあります。私たちのチームに関して言えば、常に勉強や情報収集して、事業部に良い提案を返す心づもりで仕事しています。ただ、今までの仕事のやり方だと作業量が増えて、こなしていけないという課題も出てきています。そのためメンバーには新しい方法、具体的には質と時間のバランスをうまく取ったり、妥協点をうまく見つけたりするような方法で臨むよう話しています。
マーケティングだけでなく営業支援やカスタマーサポートなど業務範囲がますます拡大していきます。そうなると専門部署や人をうまく巻き込んで、新しいネットワークをどんどん構築する必要があり、実際に協力を得ながら進めているところです。そして常に挑戦する気持ちと情熱を持つ必要性も感じています。結局デジタルマーケティングを推進していると「これってDXだよね」とビジネスモデルを変えているところに足を踏み入れている現状につながっています。
私はデジタルマーケティングにとどまらない、顧客がモノを認知してから購買、そしてリピートして購買してもらえるまでのプロセスを全て向上させることによる事業成長を目指しています。そして今、その目標に向けて推進している状況です。
Q&A及びアフタートーク
城間:現状の手ごたえはどうでしょうか?
晒:初めの半年間は、右も左も見ずに前だけ見ながら走っていたという感じで、事業部をどれだけ巻き込んでいるのかわからない状態でした。今は事業部もデジタル施策を推進していますし、上層部にも注目してもらっているので「手ごたえあり」と勝手ながら思っています。
城間:講演の中でデジタルマーケティングに取り組んで最終的に会社全体がDXになってきているという話が出ていたのが、非常に重要な観点だと思いました。
城間:ステークホルダーマッピングの話がありましたが、これから取り組む方にアドバイスがあれば聞かせてください。
晒:いろいろなやり方があると思いますが、組織図を書いてみて押さえるべき方を肩書でなく「事業部部長の●●さん」というように具体的に書き出すとステークホルダーのリストができていきます。そうやってできたリストの方々へ一斉に情報を提供すると良いでしょう。
これはセオリー通りなのか分かりませんが、同じメッセージを出しても伝わる人と伝わらない人がいますので。可能ならばリストアップした方の性格やものの考え方、振る舞いなどをメモしてチーム内で共有しておくことも重要かと思います。
城間:確かに晒さんに重要な情報をうまくまとめていただいたお蔭で、こちらも色々とスムーズに仕事させてもらった記憶があります。
城間:ウェビナーや講演を多く受講されていたとのことですが、どうやって目当てのウェビナーを探したのでしょうか。
晒:「デジタルマーケティング」というキーワードでとにかく検索しました。私が受講していた当時は各社がウェビナーの案内を出していたので、手当たり次第に受けたという感じです。どちらかといえば具体的な施策の話というよりかはコンセプチュアルの話が多かったように思います。
城間:立ち上げ時のデジタルマーケティング推進メンバーの規模感、プロジェクト推進後の増員計画について教えてください。
晒:各事業部のデジタル担当者含めて13人です。事業部の担当者が増えるとそれだけ業務量が増えて情報の伝送もうまくいかなくなってしまいますので、基本的に増員予定はありません。ただ、今後はもう少し上層の方をチームに巻き込めないか検討しているところです。
城間:講演を聞いていて、改めて各事業部の担当者が重要な役割を担っていると感じました。事業部の中でデジタル推進に向いている方の特徴はありますか。
晒:いくつもありますが、なかでも変化を嫌がらない、変化を楽しめるタイプの方が良いと思います。あとはプロジェクトをスタートすると日本だけでできるものもあれば、海外のチームと取り組まなければいけない状況も出てきます。計画通りにいかないときも多々あるので、そのときに柔軟に対応できる、めげない、何かしら解決策を見出して走れる方が重要だと思います。
城間:晒さんが今のチームに異動する前は一事業部でマーケティングが専門であったことを考えると、役割に合致する方が担当することでこれだけ大きく変わるのだと思いました。そうした方を事業部ごとに見つけられると事業内でのデジタル化やDXのスピードが上がりますし、逆に担当者が影響してつまずくこともあると感じました。
晒:うまくいかないときは私たちのような立場が手厚くサポートするなど、全員一緒のアプローチでなく事業部ごとにやり方を変えていくことも必要だと思います。
城間:話の中でよく出てきたキーワードの一つ「トレーニング」が気になりました。具体的にトレーニングの内容や頻度について、またどのように企画しているのか教えてください。
晒:月1回ある定期的なデジタル関係のミーティングですが、初年度は基本的なトレーニングを取り入れました。毎回1~2時間もかけると疲れてしまうので、20分弱ぐらいの時間で「SEOとは」「アクセスログはどのように使うのか」「このレポートから得られた数字はどのように自分の活動につながるのか」といったテーマをチームメンバーから皆にシェアしていきました。そして私には「人は七回聞かないと腹落ちしない」という持論があり、上記で紹介したようなテーマをしつこく繰り返していきました。
その中でも初めの半年間は、チームメンバーが作成したWebサイトのアクセスレポートの読み方に取り組んでもらったかと思います。時期が変わってきたら、1年に1回事業部でどのような課題があるか聞いてみて、足りない点をトレーニングで補うことにしました。例えばデジタルが活発化するとメールを打つ機会が多くなりますが、開封率が思わしくないケースがあります。そうした課題に対しては、開封してもらうメールをどう書けばよいのか学んでもらうようにしています。
城間:我々のアプローチと似ていると感じました。確かにデジタルのことは1回で伝えきれず、また理解してもらうのも難しいので何回も繰り返すのは重要です。
晒:私はデジタルマーケティングの立ち上げが主要な業務ですが、事業部の方々はモノをマネジメントして売ることが一番で、デジタルではありません。立場の違いをうまく踏まえながら、トレーニングをどのように構成すれば能力をあげられるか考えた方が良いと思っています。
城間:どのようなデジタルマーケティングの施策を行いました。その際のKPIやKGIはどうしていましたか。
晒:私が行った施策で言えば、ウェビナーシステムを導入したことなどです。他の事業部の方の場合、ターゲットにメールを送ってウェビナーへの参加を促し、参加してもらったらアンケートを取ってリードを取る、というプロセスを実現しているケースがたくさんあります。KPIのところでは、例えばメールであれば開封率やクリック率、ウェビナーに関しては登録者数、参加者、参加者率、それからアンケートが取れた割合などをトラッキングし、なおかつ営業に渡せるようなリードが何件取れたかもトラッキングするプロセスになっています。
城間:ウェビナーの企画がうまく行った事業部はありましたか。
晒:弊社のゴールはウェビナーを開催することではなく、そこから顧客にコンタクトできる情報を得ることです。アンケートに答えてもらいメールアドレスを得るために、例えば「資料を配布します」など相手がほしいと思うものを用意する仕掛けを作っています。
城間:御社のウェビナーでいくつか印象に残っているところでも、事業部側でKOLの方をしっかり押さえた企画や、発信力のある方をウェビナーの講師として招待して、その方のSNSで集客してもらえた企画をふと思い出しました。作りこんで集めた方々をしっかりと次につなげていくのが重要だというのはその通りかと思います。
晒:デジタルマーケティングに取り組んでいて陥りがちなのが、「ウェビナーを開催すること」「ウェビナーで集客できたこと」に価値を見出してしまうことです。なんのためにウェビナーを開催するのか、一番上の絵を描いておく必要があります。戦略がまず先にあり、そこから「ウェビナーにはKOLを呼んでこういう集客をする」と組み立てることを忘れてはいけません。これはマーケティングの基礎だと思いますが、全てのアクションに関して考えていくことは重要です。
城間:デジタルマーケティングのプロジェクトを開始するときに、事業部長レベルとのやり取りから入っていくのが重要だというメッセージがありました。普通、新たな部署に異動してから色々な事業部のトップの方にメッセージを出すのは少し気が引けたり、臆したりすることが多いと思いますがいかがでしょうか。
晒:私も気を遣っておびえた部分もありましたが、幸いなことに日本BDに入ってから事業部長の方とコミュニケーションする機会があったため、異動後でも全く知らない状況ではありませんでした。また、異動後にまず各事業部長と30分ずつの1on1ミーティングを行いました。そうやってコミュニケーションの下地を作ることができていたことがプロジェクトを円滑に進めるカギだったのではないでしょうか。自らメッセージを出しにくい方であれば、上司の方にお願いしてうまくコミュニケーションを図ることも可能かと思います。
城間:その1on1ミーティングは晒さんから提案したのでしょうか。
晒:はい。デジタルに対する期待を感じていて直接声を聞きたかったので「異動したのでぜひ皆さんの期待をお聞かせください」という感じで飛び込みました。
城間:そのような見えないところでの人間関係の作り方を、丁寧に行っている印象があります。デジタル化など部門をまたいだプロジェクトを浸透させていくためには、風通しをよくした関係づくりが重要なカギだと思います。
城間:ストーリーづくりが大事だという話に共感しましたが、色々と相談を受けるときにもともと相手にストーリーがある場合とない場合で違いを感じますか。
晒:ストーリーがある場合は「誰々がターゲットで、●●をしたくて■■を考えている」という話の運び方です。一方で、依頼者とターゲットなどについてディスカッションしていく中でストーリーが出来ていないと感じるケースもありました。講演でも話しましたが、デジタルマーケティングは戦術論に目がいってしまいがちなことが結構多いです。その辺りを私たちがサポートしながら、組織全体でいつもストーリーを考えられる体制を作らなければならないと感じています。
城間:その中でペルソナやカスタマージャニーをしっかり作ることが大事とありました。実際そこができていない場合、どういう形でサポートやアドバイス、トレーニングするのでしょうか。
晒:私自身、ペルソナやペイシェントジャーニーの作り方に関するウェビナーを受けたので、そこで学んだ例を活用しながらトレーニングを複数回行いました。また、既にペルソナやペイシェントジャーニーを作成している事業部もあるので、横展開・ベストシェアリングして他の事業部がどんどんトライできる環境を作っています。なかには外部のベンダーに依頼してペルソナを作成するチームもあります。
城間:晒さんたちチームから見て非常にうまく進めている事業部に、ベストプラクティスを共有してほしい場合どうアプローチしていますか。
晒:正直初めの数カ月は、とりあえずデジタルの施策に取り組んでいるところをシェアして、皆で学ぼうというスタイルでやっていました。後半になると、サポートしている戦術の形がうまく見えてきたときなどには、できるだけ盛り込んでほしいメッセージを伝えながら、皆の前で話してもらうよう依頼しました。
城間:デジタルマーケティングに関する知識の底上げに関しては「言うは易く行うは難し」で、担当者の性格や特性は様々ですし、デジタルリテラシーの差もあるでしょう。その違いにうまく対処するためには非常に高度な技術が必要かと思います。どうしたらうまくできるのでしょうか。
晒:サポートが必要な事業部と、サポートしなくてもデジタルをどんどん推進していける事業部があります。後者の場合はこちらから情報発信するだけで良く、取り組みをシェアしてもらう際にもある程度コミュニケーションが取れます。前者の場合でも熱量があればとても伸び代があるため、とにかく力を注いでいくよう対応しています。なかには細かく言ってしまうとモチベーションが下がる人もいるので、そのような場合はある程度のところで妥協するようにしています。その辺の駆け引きは大事にしています。
城間:晒さんが所属するチームは、社内でも最も色々な人とコミュニケーションを取る部門の一つかと思います。我々もプロジェクトやウェビナーなど行っていますが、デジタル化やDXの成功の鍵の一つには必ずコミュニケーション力が関わってくると感じており、それをまさに体現されていると思った次第です。
城間:講演の中でデジタル化はDXであり、ビジネスモデルまで変えていくという話がありましたが、その通りかと思います。また、デジタル化の成果がなかなか見えないという話もありましたが、売り上げや利益に直結できなくても組織として意思決定のスピードを上げることは変化の激しい時代において最も重要なことの一つだと感じています。晒さんはじめチームの方々がスピード感を持って約2年間で取り組んでいること自体が、会社全体のスピード感あげていることにつながっていることでしょう。個人的には会社として晒さんを抜擢したのも一つの成功の要因だと思います。なぜ推進する立場になったか心当たりはありますか。
晒:日本BDに入社して初めて配属されたバイオサイエンス事業部は研究者の方々に機械を販売しており、ものすごくデジタルマーケティングが進んでいた領域でした。私が前職・前前職でデジタルマーケティングに取り組んでいたこともあって、経験から培ったものを少し活用しました。例えばメールを配信して何名に配信できたか、リードをどれだけ獲得できたかなどのトラッキングを、当時はマーケティングオートメーションなどなかったので全部Excelで管理してチームメンバーに共有していました。そういったことを社内のレビューで話す機会があったのが影響しているのではないでしょうか。
城間:そこで晒さんをしっかり引き上げられる経営陣の判断が賢明だと改めて思いました。